プロフィール

中武徹行/Tetsuyuki Nakatake

職歴:電力関係サラリーマン18年間を経て
36才の時に現、電気機器製造業取締役社長に就任
趣味:最近始めたマウンテンバイク

●新たな時代の透視家を目指します

俺って、地球に何しに来たんだったけ~?って問う学問に出会った。
それもこの大転換期をわざわざ目指して!
運命プログラムを自分で決めて生まれて来たと知った。
そんな私の人生経験を書き出してみた。

私は四人兄弟の末っ子で男一人の
甘えん坊でぼくちゃんと呼ばれていた(笑)。
そんな私が5才になった頃、父が送電線感電事故で大怪我をした。
左肩下15cmのところで左腕を切断するという大きな出来事だった。

それから環境が一変した。

母は父の看病と化粧品の営業販売、
すぐ上の姉も小学校に通うことに。
祖母にお世話になり、いま思えば2km近く
ある保育園に独りで歩いて行っていたのを思い出す。

数カ月して父が退院して元の家族6人の
生活に戻ったのだが、それからが大変だった。
左腕を無くした父はいつもイライラして
酒を飲んだら母に暴力をする父に変貌した。

無意識で父のイライラを抑えるために
6才の私は父の左腕の代わりになる覚悟を決めた!
タバコを吸う父にマッチで火をサッとつける、
書類に字を書くときは紙をサッと押さえる役、
お風呂では父の髪洗いと背中を流す役etc。

私が中学校に上がったころ父が個人事業主として会社を興した。
その頃から会社の手伝いをするのが
当たり前で生活の一部化して行った。
父が半田コテを握り私が半田を注入する作業、
父は片手で運転する内職さん回りの補佐役etc。

その頃の父の名言がある
『勉強をする暇があったら仕事を手伝え!』
そんな環境で何とか地元の工業高校をへて電力会社に就職を決めた。
就職して、いろんな人達と縁をして接する中で
いつも周りを気にしていい子ぶってる自分。
口癖が『すみません』何度か先輩達から
悪くないのに謝るなと言われる次第。

父と酒を交わすようになって
自分の意見を言っては何度も大喧嘩を繰り返した。
父の会社を継ぐか継がないかの話題になると
必ずと言っていいほど喧嘩になった。
サラリ-マン18年目の時に、
父が心筋梗塞で入院して次の日に他界した(64才)。

遺書もなく母と姉3人で話し合いの結果、
あのぼくちゃんと呼ばれていた私に白羽の矢が立った。
嫁さんは反対はしなかったが、
嫁さんの両親と親せきは猛反対だった。

父の会社を継いで4年目の40才になった時、
人生最大の経験をさせられた。
その当時、従業員180名の仕事量がなんと
全て海外移転が決まり仕事が無くなった。
170名の従業員さんを解雇するしか選択肢がなかった、苦渋の選択を実行した。

それから初めての営業をすることになった、
そこで我が社の位置を知ることになる。
設計が出来る訳でもない、もちろん開発も、
材料も調達できない、設備も無かったことに気づく。
そう!!全て親会社に依存してたことに気づかされた。
この頃から、目に見えない世界に興味を持つようになり
宗教や占いやインドの神様を信じた。
占いや宗教では、ほんとうの自分や生まれて来た
目的を知ることは出来なかった。

NE運命解析学に出会い、自分で書いて決めて
生まれて来た運命プログラムを知った。
ほんとうの自分を知ることが出来た!
自分を知ったらやるべき方向性が見えて来た、
ゴールに向かって進行中である。

現在、自社開発が出来る会社を含め6社から
仕事を受注して何とか奇跡的に経営をやれている。

新たな時代の生き方働き方を見通す
『投資家ならぬ透視家』を目指し次のスッテプを模索中。

新しい恵財の循環をおこす起点となる恵栄者を目指します。
たくさんの方々との縁を楽しみにしております。

最後に…
※酒を飲んで暴力を振るう父であったが、
自分を含め家族はまったく悪い印象は残ってない!
どちらかと言ううと障害にも屈せず全身全霊で
人や社会の為に貢献してきた生き方!
私にとってはヒーロ-であり、
世界一カッコイイ男だったと断言できる!